＃26　清流のまち　日高

　秋、曼珠沙華が林を深紅に染める光景でその名を知られる巾着田。この巾着田を取り囲みながら清流、高麗川が市の中央を流れる日高市。平成3（1991）年に成立した市は、大別して高麗、高麗川、そして高萩の三つ地区から成っている。

　はじめに高麗地区。
　西武秩父線高麗駅から歩いて7、8分のところ。大澤舎新井家①(表紙)。石垣と板塀に囲まれた門構えの家。地名から大澤舎と称されたという。代々名主を務めた名家である。正門に木造二階の嘉永五(1852)年築の母屋。向かって左にそれ以前の築という二階建ての土蔵、右手にも明治初期という文庫蔵。母屋正面の玄関客人用の式台が当家の格式を伝える。客間と奥の間の二部屋は床の間付きでともに八畳、吊り天井となっている。客間の床の間に飾られた軸は江戸琳派の鈴木其一、欄間の額は英一蝶筆だった。ふすまの引手には四君子が描かれた染め付け。繊細な建具の奥の書院を書と江戸末期狩野派の襖が囲む。樹木におおわれた建物の周囲の三方は沢に囲まれて清々しく、高いところで鳥も啼いている。文化財を守り次代に伝えていくために公開することにしたと十六代目は仰る。
　平成二十年度に市は豪壮な古民家、高麗郷旧新井家住宅②を買い上げた。巾着田から日和田山を背景にした高麗郷一帯を農村の原風景として維持してくための核としてこの建物を位置づけている。新井家は江戸期には附近の名主を、明治期に戸長を、さらに高麗村の村長もつとめている。母屋と客殿はその中心。ともに木造二階建て。母屋は江戸期末から明治期前半の築。一階は六間取りの部屋と土間。あとから移築された客殿部分は豪壮な母屋と比較し精緻につくられた明治期のもの。客殿、一階の客間は瀟洒な書院造りだが、二階から臨む巾着田は爽快で絶好のロケーションである。5000㎡以上もある裏山には幹廻りの太いタブノキ、シラカシも。市民とともに利用方法を考えていこうと、毎週木曜日には公開されている。
　日高を語るときに高麗神社は欠かせない。高句麗から帰化した高麗王若光の遺徳を偲びつくられた霊廟が高麗神社である。脇に立つのは国指定の重要文化財高麗家住宅③。代々高麗神社の宮司である高麗家が護ってきたもの。建築年代は構造手法から十七世紀中頃まで遡り得るとされる。山を背にして東面して建てられ、その規模は間口約七間半奥行き約五間。屋根は入母屋造り茅葺き。五つの部屋と土間から成る。大黒柱がなく、細い柱で梁を支えているのが特徴。表座敷には、中世の床の間の前身である押し板という座敷飾りが設えてある。訪れた折、日韓の交流に寄与すべく韓国の白磁の作家の展覧会が開かれていた。
　少し北に離れて高麗川のほとりにあるのは長澤酒造④。
　弘化元(1844)年創業で大正末に北平沢からこちらに越してきたと六代目。木造二階の母屋、向かって左に酒蔵、右に穀倉ともう一つの蔵と共に二階建ての蔵。奥には隠居用にと平屋の離れがある。こちらでは酒蔵を利用し、毎年日本フィルの楽員たちとのコンサートが開かれている。先代の発案で二十一回目を数えるという催し物には地元の音楽ファンが百人以上集まるという。美しい自然に囲まれ、地域で育んだ手作りの心豊かな催し物である。
　高麗川を南下したところにあるのはこちらも名家、比留間医院⑤。医院を初めて三代目。十八代続く家といい、医院の方は奥様が、御当主は大学へ。広い敷地内に多くの建物が並ぶ。初代が開院した大正期の診療棟。入院用の病棟。現在の診療棟。それに文久三(1863)年の蔵を改修した応接室。それに母屋、二階建てのログハウス、そして極めつけは山小屋と呼んでいらっしゃる木造の平屋。外にはバーベキュー用の煉瓦の積まれた窯も設えてある。ベランダからは庭の背後を流れる高麗川を望める。木々の合間に日和田山が見え隠れする緑に囲まれた当院は日高にある別荘のようである。
　高萩地区にある犬竹家⑥。407号、日光杉並木街道(日光脇往還)の板塀の見事な旧家、二十六代という。道路から見えるのはもと日高郵便局。明治十二(1879)年築。周囲の通信業務の中心地として活躍した木造平屋の下見板張りの建物である。庭をはさみ土蔵造りの二階、木造二階の母家。明治七(1874)年築の母屋は宮大工の手により改修がなされ、木造一階は九部屋、二階は三部屋という豪壮さ。改修には床柱の黒柿をはじめ、タガヤサン、欅、屋久杉などの銘木が用いられている。母屋から通じる明治七(1874)年築の土蔵造りの二階には閑院宮をはじめ山岡鉄舟などの著名人が宿泊している。
　川越日高線の通りにあるもと造り酒屋だった十二代目の水村家⑦の長屋門は眼を惹く。
　市の東部、下大谷沢の十五代目塩川家⑧の豪壮な長屋門には武州一揆の受難の痕も残る。日高は広く、奥が深い。