着物の着付けに特色のある「鴻巣びな」で知られる鴻巣は人形の町である。  明治期には人形業者が三十一軒職人三百人という記録も残る。 そのうちの一軒、創業三百年以上の老舗吉見屋。その雛蔵だったものを市が買い取り、ひなの里①として市の観光協会が管理し、まちづくりの拠点にしている。三つの蔵が連なる。東蔵は明治三十一(1898)年、中央の座敷棟は明治三十七(1904)年、西蔵は移築されたもので明治四十三(1910)年築のもの。なかでも東蔵は、長手の梁を直径一メートルはあろう反りのある松の丸太で支え壮観である。往時の賑わいを示す中山道にたちならぶ人形店のシンボル的存在である。
 中山道に面した特徴のある店構え、木村木材②。店部分に木造の二階建ての主屋が続く。昭和十一(1936)年築。主屋の玄関は数寄屋風。畳の間を抜け和室の続くL字形に折れ曲がった軒桁に特色のある陽光の射し込む廊下へ。猫間障子で囲まれた床の間は二重の回り縁で天井が高い。床の間の床柱は黒檀、框は黒柿、欄間、建具は精緻。二階への階段踊り場は欅の一枚板でそこから二手に分かれる珍しい仕様。外に出て板塀に囲まれた裏玄関の木戸を抜けると植栽豊かな裏庭。随所に伝統建築の工法が見られる貴重な住宅である。
 長崎家③。百二十年余続いた医院の隠居用の離れ。木造二階建て。昭和七、八(1932、1933)年頃の築という。入母屋の玄関、それに二階建ての木造が付設する。玄関には県下では珍しい白ガラス。この白ガラス、一階床脇の後ろの障子、二階の和室にも。外壁は紅殻、下地窓を設え、腰壁は杉皮と全体が茶室のような仕様。そこから廊下がめぐる六畳、床の間のある八畳の和室。雲を表現した床の間の地板と壁と境目は漆喰の上に漆でさらに塗り重ねる凝り様である。
 鴻神社近くの中山道に面した田沼家④。店は明治二十(1887)年頃の築か。それに江戸期の脇蔵。ともに二階建て。奥に深い典型的な町家である。店、帳場、土間と時代と風格を伝える。土間のたたき、欅の上がり枢、上を見上げれ ば重厚な梁、二階床板も重厚。押し入れは杉の一枚板。桟の美しい障子の奥には離れとの間に光を導き入れる中庭。廊下をぐるりと回す賓客用である大正期築の離れは天井も高い。外枠が漆塗りの障子に三方を囲まれた床の間の書院、欄間も美しい。四万十川から運んだという石が奥の庭に。青海波(せいがいは)の棟が美しく空に映える鴻巣宿のランドマークである。
 中山道から少し奥に入る。松谷家⑤。市内にあった三軒の造り酒屋のひとつ。明治三十九(1906)年築の改修した土蔵は重厚。武家屋敷を思わせる門と塀に囲まれた敷地内には昭和十四、十五(1939、1940)年に建てられたという平屋にむくり屋根の明治期の建物が続く。門から玄関までの敷石のアプローチがいい。
 中山道沿いには明治期築の厨子二階の滝瀬家吉見屋製麺所など町家造りの家が残り、楽しい。
 駅近くには市内で最も古い歯科医だったという大きな槇の樹が目印の鴻巣カフェ⑥。奥に下見板張りの木造二階建ての洋風の建物。宮大工による昭和七、八(1932、1933)年の築という。面白いのは玄関の妻側の商標、〈ヤマカ〉。その出自を語る。その少し先にも歯科医だった鈴木家。木造二階建て。スクラッチタイルの壁が時代を伝える。
 市は町村合併で旧川里町、旧吹上町と合併している。
 旧川里町の村長もつとめた旧家相原家⑦
 周囲には水田が広がる。右側に明治期の長屋、左側に大谷石の土蔵。関東大震災後の昭和初期築の主屋。天井が高く、土間には沓脱石が二段に重ねられ、框が高い。その高さに転げ落ちた客人が何人かいるとか。一階はあがり端の四畳からはじまり、床の間のある十畳などの六部屋で廊下が周囲をめぐる。二階も六部屋という広さ。床の間は瀟洒。廊下のガラス戸も美しい。大きな沓脱石を踏み、植栽の美しい庭に。そりのある屋根も品格を備えている。
 旧吹上町の嶋崎家⑧。慶長二(1597)年にこの地域に住み、以来十七代。先々代は南埼玉郡、大里郡などの郡長を務める。主屋は木造平屋。江戸期のものを明治二十九(1896)年に大改修。床の間付きの部屋の他、仏壇の設えられた和室三部屋。改修後も欅の太い大黒柱はそのままで、屋根は茅葺きの上を鋼板で覆う。主屋のほかに、先々代の収集した美術品のある文庫蔵、穀倉、蚕室。主屋と文庫蔵の間に広がる中庭は手入れが行き届き美しい。
 JR吹上駅近くの昭和クリニック(表紙)。下見板張りの木造二階建て。昭和八(1933)年竣工。初代は旧小谷村の村長。眼を惹くのは玄関の上に眼を見開くように穿たれた丸い穴。正面に三つ、東西に二つずつ。なにやら愛嬌のある生物を思わせる。車寄せ風の玄関の戸は木製の壁の間に収まる。階段の漆塗り、診察室の受付窓枠の彫刻、段状の柱なども手が込んでいる。不況の建設時には大勢の大工が馳せ参じ、たっぷり時間をかけ作業をしていったという。
 町村合併を経、豊かな歴史をしるしながら鴻巣は歩んでいる。

(広報誌 スマイル通信 Vol.55 2014年3月発行)


 

表紙:昭和クリニック
表紙:昭和クリニック
ひなの里①
ひなの里①
木村木材②
木村木材②
長崎家③
長崎家③
田沼家④
田沼家④
田沼家④
田沼家④
松谷家⑤
松谷家⑤
鴻巣力フェ⑥
鴻巣力フェ⑥
相原家⑦
相原家⑦
嶋崎家⑧
嶋崎家⑧

 

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