比企郡川島町の田園地帯の広がる一角。長屋門と濠をめぐらせて塀に囲まれたお屋敷が見えてくる。
 日興證券創業者遠山元一(1890~1972)が、苦労した母美以のための住まいにと、幼い頃没落し人手に渡っていた「梅屋敷」と呼ばれた生家の土地を買い戻し、二年七ヶ月を費やして完成させた大邸宅。それが昭和十一(1936)年竣工の近代和風建築の代表とでも言うべき遠山邸。平成十二(2000)年、登録有形文化財となっている。

 建設全体の指揮は遠山元一の弟芳雄がとり、設計は入間市の《石川組製糸西洋館》を設計した東京帝大出身の建築家、室岡惣七。大工棟梁は中村清次郎が務めた。大工事に携わった職人は延べ三万五千人、関係者の数は十万にものぼったと伝えられる。
 総欅の豪壮かつ典雅な長屋門を入っていくことにする(表紙)
 昭和四十五(1970)年竣工の今井兼次設計の付属美術館が右手に。ここでは遠山元一の蒐集した日本、東洋の古美術品、さらに古代オリエントやアンデス美術にも及ぶコレクションなどが収蔵、展示されている。
 三百坪を越える遠山家の建物は、様式的にそれぞれ分かれる三棟を渡り廊下で結びつけている。 関東の豪農を思わせる東棟、近代風の加味された書院造りの中棟、それに仏間を備えた数寄屋造りの西棟である。これに庭園内に昭和十二(1937)年に建てられた裏千家亀山宗月設計による二棟の茶室が加わる。
 まずは東棟から拝見することとする。
 国内には近代和風の名建築が数多くあるが、茅葺きの民家を最初に据えているものは他に例を見ない。生家の再興を象徴させたと思われる千鳥破風をおさめた厚さ三尺にもなる屋根は豪壮そのもの。こちらには大きな沓脱ぎ石の客の出入りする格調高い表玄関①と、もうひとつ、土間が亀甲模様の人造石研ぎ出しの内玄関②がある。双方の玄関から入る広い一八畳の居間は、太い欅の柱、鴨居が部屋を構成する強い枠組みとなり、その内部空間を建具の格子が埋め、心地良い響きをうんでいる。田舎風を象徴させる坊主畳の囲むその一角に高い天井から自在鉤のつられた囲炉裏が設けられている。

  次いで畳み廊下をめぐり、中棟へと進む(写真③)
 庭におり見上げれば、中棟は起り屋根の入母屋造りに高欄の意匠が華やかさを添える二階建てであることがわかる(写真④)
 迎賓的スペースであるこの棟、メインは十畳の次の間と十八畳の大広間。この境を縦の格子が美しい筬欄間が区切る。入側廊下に長さ七間にわたる真っ直ぐな縁桁が走る。簡素な装飾の欄間のもとに広がる庭のパノラマは美しい(写真⑤)
 二階の応接室は和洋折衷。高窓とガラス窓上部に唐草模様を透かし彫りにしたオパールガラスの装飾が眼をひく。寄せ木張りの床には絨毯が敷かれ、アールデコ調のテーブル、照明器具、寝室トイレドアのステンドグラス、応接室と寝室との境のドアの浮き彫り装飾等々、高雅な雰囲気を醸し迎賓空間に相応しい(写真⑥)。隣接する十四畳の和室は、丸窓に地袋、ヒノキの四方柾目の一階からの通し柱などで優美な床の間を形成。富士をながめるに絶好の位置を占め、外に張り出した櫛形の高欄は、貴賓室に相応しい縁取りとなり景観を切り取る。

 さらに中棟から奥の西棟へ。
 折れ曲がり、緩やかに下る欅板の廊下は建築様式の変化を暗示させる。
 数寄屋造りの西棟は、母美以の住まいとして考えられた空問で、三つの座敷が雁行して連なる。各座敷とも東南面を大きく開口し、庭との関係をふかめ、屋根と軒にそれぞれ変化をつけている。真、行、草、とわかれた十二畳の間、八畳半の間、七畳の間の各座敷には床の間が設けられている。十二畳の間は、障子越しの光がほどよく射し込む付け書院、二畳の床に木瓜形の狆潜りが大きくとられゆったりと豊かな美の空間を形成し(写真⑦)、錆竹の落とし掛けの八畳半の間も落ち着くのだが、ここでは(墨差し天王寺〉と呼ばれる壁に濃淡の模様が現れる七畳の間に注目しておきたい(写真⑧)。敷瓦が貼り詰められた軒内は他の座敷とは異なる空間を演出し、座敷と庭をつなぐ役割を果たしながら、視線を美しい庭園へと誘う。その構成の妙は秀逸。紹介しておきたい空間は西棟背後の空間にも広がる。全国の職人が研究のために訪れるという技術〈紅差し大津磨き〉の便所は、派手さを嫌うこの建物のなかで唯一、鮮やかな紅色の壁で訪れる人の眼を奪う(写真⑨)。裏玄関の那智黒石の土間は、扇形の沓脱ぎ石を囲み、戸を通した外光を受けしっとりと映え余韻を残す(写真⑩)

 訪れるその道のプロの職人ですらどちらの産かわからないという用材の銘木の数々、ここでは紹介できなかった建物や建具の細部にまで施された様々な手法、その技術の冴えには感嘆するばかりである。

 こちらの建物を長年、監理、保存にあたってきた学芸課長久保木彰一氏は、この建物を「素材と技術の博物館」と称している。
 まさに「和風建築の粋、遠山邸」なのである。

(広報誌 スマイル通信 Vol.57 2014年10月発行)

 

 

表紙:遠山邸 長屋門
表紙:遠山邸 長屋門
東棟 表玄関①
東棟 表玄関①
東棟 内玄関②
東棟 内玄関②
東棟から中棟へ通じる廊下③
東棟から中棟へ通じる廊下③
庭から望む中棟④
庭から望む中棟④
中棟から庭を望む⑤
中棟から庭を望む⑤
中棟2階 応接室⑥
中棟2階 応接室⑥
西棟《真》の間⑦
西棟《真》の間⑦
西棟《草》の間⑧
西棟《草》の間⑧
西棟 便所⑨
西棟 便所⑨
西棟 裏玄関⑩
西棟 裏玄関⑩

 

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