槻川、兜川の市内を流れる二つの川と小高い山に抱かれた和紙のふるさと、小川町。
 はじめに市街から少し離れた吉田家住宅(表紙)をたずねよう。享保六(1721)年に建設された年紀のわかるもので県内最古の民家で、国の重要文化財である。入母屋作りの茅葺屋根が美しく、「三間広間型」と呼ばれる江戸時代の典型的な間取りになっている。豪壮な梁をめぐらされた広間は、さまざまなイベントにも使われている。筆者がお邪魔した折には演奏会が催され、もれてくる弦の響きは暖かく、やさしいものだった。
 ところどころに古い家並みを残す国道二五四号を市内に戻ってみよう。市内には大きな造り酒屋が三軒ある。育雲酒造、武蔵鶴酒造、それに松岡醸造。
 レンガ造りの煙突が目印の晴雲酒造①は、近年店の一部をレストランに改装している。棟続きの酒蔵の階段をあがっていくと大きな梁で支えられた高い天井裏の空間。そこは普段は酒造りの道具などの展示スペース、時に演奏会の会場として小川の観光スポットになっている。
 新しい小川町のシンボルでもある図書館を過ぎて市街に進んでいくと付近にはなぜか医院の看板があちこちに目に付く。 そのなかでハーフティンバーの二階建ての建物が眼をひく。高野医院②。昭和三(1928)年竣工。内部は改装されて当時の面影は薄いが、敷地内裏側の病棟から南側にすっとたつ医院の建物を眺めると、背後の山が赤い瓦に美しく映える。 昔はこうしたハーフティンパー様式の住宅が周囲に何軒か見られたと、三代目の憲一郎氏は語る。
 小川町の歴史を語るときに欠かせない家がその隣にある板塀に囲まれた伊藤家③
 明治期、当地には小川銀行と比企銀行の二つがあった。比企銀行の中心になったのがこの伊藤家で、蔵造り二階建ての当時の建物は敷地から離れたところに今も残っている。さらに地元の金融機関として活躍し、先ごろ合併した小川信用金庫を設立したのもこの伊藤家。敷地内には明治、昭和、そして平成の家がそれぞれ並存しているが、敷地の奥にある木造二階建ての明治中期の建物が白眉である。移築をした一階二部屋、二階二部屋の木造二階建て。両階とも廊下はケヤキの一枚板という贅沢さ。床の間の柚は黒柿、かまちはケヤキの玉杢という銘木。これらが精緻な書院の障子の桟に調和している。 敷地内の中央に昭和十二(1937)年の和洋折衷の住宅。息子さんたちのお住まいは平成十八(2006)年に建ったばかりで西側に。奥様の日課は明治期の木造二階の戸の開閉に始まるという。
 市街の二五四号通りで紹介しておきたいのは旧萬家旅館④。五代続いた旅館は、現在閉めているが、江戸末期の創業という。店先には昔懐かしい電話ボックス。たたきの店から木造の橋状の渡り廊下を進むと裏側には今は使われていない木造 二階建ての客室。離れにある大正期に増築されたという緑や赤で彩られた美しいガラスで囲まれた共同のトイレに眼がとまる。裏通りからの萬家の看板のかかる塀に囲まれた風情は残しておきたい風景である。
 裏通りに回ったのでもう一軒、医院建築を紹介したい。吉住医院⑤。大正十一(1922)年竣工。下見板張りの大正期の医院建築の典型である。窓ガラスのデザイン、診療室内のアールのついた壁など、建築雑誌で紹介されるほどの名建築である。
 市内で最もユニークな建物は小川赤十字病院のすぐ後ろ、小高い日向山にある日向亭⑥である。当初の用途は皇室専用のトイレ。明治三十八(1905)年ころの建築であるが、実際は一度も使われず昭和五十七(1982)年当地の敷地に移設。職員の厚生施設として衣替えされたもの。内部は天井がなく屋根と屋根の問にガラス戸の明り取りがはめ込まれ、吹き抜けに。入り口の戸を開けると、中央に四畳半の畳。なかは水屋、床の間、押入れと茶室風になっている。亜鉛鉄板葺きの二層崖根の六角形の建物は植栽に囲まれひっそりとたっている。
 最後に市の中心街に戻って、小川を代表する割烹旅館、二葉亭⑦を紹介しよう。
 創業は江戸時代中期、寛延元(1748)年。幕末期に江戸城の無血開城にあずかった山岡鉄舟にひいきにされ、考案されたのが今も店の名物となっている「忠七めし」。通りに面して新旧二棟。向かって左の古いほうが本館。店が移転し てきた昭和八(1933)年にたてられた。木造二階建ての数寄屋造り。二階の大広間は天井が四メートルもある長方形の書院造。鉄錆を壁に塗りこめた「錆壁」の特異な色に眼を奪われる。同時期に造られた回遊式庭園の六六亭は茶室として 池にせり出してたたずむ。両方とも登録有形文化財として町の顔となり、いまや観光客必見の場所となっている。 小川は「武蔵の小京都」と呼ばれる。
 市内には他にも長屋門に板塀の続く野崎医院など紹介しておきたい建物がたくさんある。しかし一方で開発の波はすでに中心部から襲い始めている。
美しい流れと小高い山に囲まれた「小京都」はどこへ行こうとしているのだろうか。

(広報誌 スマイル通信 Vol.30 2008年1月発行)

 

 

表紙:吉田家住宅
表紙:吉田家住宅
晴雲酒造①
晴雲酒造①
高野医院②
高野医院②
伊藤家③
伊藤家③
伊藤家③板塀
伊藤家③板塀
旧萬屋旅館④
旧萬屋旅館④
吉住医院⑤
吉住医院⑤
日向亭⑥
日向亭⑥
二葉の六六亭⑦
二葉の六六亭⑦

 

<#6 人形のまち 岩槻