浦和。平成十五(2003)年に浦和、与野、大宮の三市が合併し全国13番目の政令都市となり、さいたま市浦和区となった。市では「サッカーとうなぎのまち」という新しいキャッチフレーズで特色をと考えているが、この浦和をJR浦和駅を中心に紹介していこう。
 まずは駅西口を出、左にJR沿いに進む。少し下り坂になろうとする手前に石組みに長い塀のつづく石内家①(表紙)。昭和二(1927)年築という。豪壮な欅の一枚板の門を近年新たにつくり替えている。門をくぐり、石段を上がると入母屋の玄関が待つ。外観は和室に洋館が付設される昭和初期の和洋折衷の典型的な住宅であるが、武家住宅の格式をおもわせる式台つきの玄関にも、また、向って左手の茶室と見まがうようなトイレのつくりにも驚嘆させられる。賓客を招いたためというが、これは個人住宅というよりは料亭である。洋風住宅に接続される和風住宅は木造二階。ガラス戸で隔たれた庭には、御当主の趣味である盆栽、そして灯篭をはじめとする置石が時に洗われ美しい。各部屋を照らし出す灯のデザインへのこだわり、建具の稠密さにも感心させられる。なかでも庭を見下ろす横山大観の作品がさげられていた二階の床の間の和室は、著名な工芸家の手のものもあり、さながら美術館の展示室のようである。先々代の遺産は確かに伝えられている。
 ここから県内屈指の古社、調神社の方角に進むと、旧中仙道にあたる。明治期の建築、青山茶舗②。道路に面する軒部分を深くとらせる桁を張り出させたせがい造りで、この辺りには協和米穀、原田畳店などこうしたつくりの家が残る。以前はこうした店が道の両脇をはさみ軒を並べていたわけである。旧中仙道を仲町の交差点を過ぎて浦和橋のほうに歩いてもこうした町屋が散見される。
 さて、「鎌倉文士に浦和画家」といわれたほど浦和は画家を多数輩出しているが、その中心は裏門通りから疎林の広がる別所沼周辺で「浦和アトリエ村」と呼ばれていた。平成十六(2004)年、詩人立原道造の構想した芸術家のための週末別荘ヒアシンスハウスが、「ヒアシンスハウスの会」の手によって別所沼の傍らに実現した。
 別所沼から見上げるような高台は当時鹿島台という地名で絵の売れた画家が住んでいたという。ここに画家奥瀬英三のアトリエ兼住居奥瀬家③がある。同郷の中国文学者藤堂明保氏の紹介で滝野川から隣に移り住んだのが昭和六(1931)年。増改築が行われているものの、当初の姿はほぼとどめている。設計はオレゴン大学を出、後に建築設計事務所を開設している富永蘘吉。ドアを開け、玄関に入るとベンガラであろうか、壁は赤く塗られている。その正面には愛らしい石仏の飾られた小さな龕。中国趣味の格子の入ったガラス戸、中国の調度、それに工芸品と重厚な応接室に眼を奪われる。隣がアトリエ。剥き出しの梁をめぐらした高いアトリエは制作のための光を考慮し北窓で大きく取られている。二階へ通じる階段は作品を望めるような位置に。応接室とアトリエの境には折りたたみ式の四面ドアを採用。これを全面開放し、大作を応接間に腰をおろした客に示したことであろう。アトリエの隣室は茶室に替えられおり、画家の趣味が色濃く残されている。
 この辺りの一角には昭和初期の和洋折衷の住宅が散見される。
 別所沼を越えて武蔵野線と埼京線が交差する武蔵浦和の駅の近くには板塀がはりめぐらされ、重厚な長屋門をもつ登録有形文化財細渕家住宅④がある。大正十五(1926)年築。御当主で二十六代という名家である。
 浦和駅に戻ってみよう。県庁近くには、手入れも美しい土屋歯科医院⑤。昭和初期のものか。裏門通りから少し入ると千鳥破風の屋根の重なる稲荷湯⑥。年々消えていく銭湯、こうした庶民の文化を語る建物が、高田馬場から移築され浦和の一角に残っているのは嬉しい。中に入り見上げれば、折上げの格天井は高く晴れやかで、入湯者の気分をさらに開放させる。玉蔵院の山門近くにある大正モダンの洒落た木造二階建ての鈴木写真館⑦も見逃せない。大正六(1917)年創業。二階のスタジオへ誘う重厚な階段は、気分を高揚させる。建物だけでなく内装、機械も貴重。テレビ番組「なっちゃんの写真館」などの製作にも参考にされている。
 さすがに浦和は文教都市。高層のマンションやビルが林立するが、まだまだ文化の香りの高い建物があちこちに残されており、散策を楽しませてくれる。

(広報誌 スマイル通信 Vol.34 2009年1月発行)

 

 

表紙:石内家①玄関と洋館
表紙:石内家 玄関と洋館
公道より望む石内家①
公道より望む石内家①
石内家①の門から玄関を望む
石内家①の門から玄関を望む
石内家①二階床の間
石内家①二階床の間
青山茶舗②
青山茶舗②
鹿島台の住宅
鹿島台の住宅
奥瀬家③アトリエから居間を望む
奥瀬家③アトリエから居間を望む
細淵家④
細淵家④
土屋歯科医院⑤
土屋歯科医院⑤
稲荷湯⑥
稲荷湯⑥
鈴木写真館⑦
鈴木写真館⑦

 

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