市制五十周年を経、現在人口三十二万を超え急激な都市化の波を受けている越谷は中央に元荒川、東に大落利根川と中川、西に綾瀬川が流れる「川のある町」である。
 市内には東西に武蔵野線、南北に東武伊勢崎線がこれまた川のように市民の生活を彩りながら走っている。
 はじめに紹介するのは東武伊勢崎線蒲生駅から歩いて15分ほどにある大間野町旧中村家住宅①。こちらは江戸時代に旧大間野村の名主をつとめた中村氏の旧宅で、平成九年に市が寄贈を受け、建築当初の姿に復元したもの。主屋、長屋門、石蔵、土蔵などが屋敷林とともに敷地全体で保存されている。主屋は大正三(1914)年。木造平屋で奥の和室(奥座敷)には式台つきの玄関があり、旧名主宅の特長を示し、和室のほかに土間、板敷きの部屋などがつづく。主屋後ろには二階建ての土蔵。箱階段を使って二階に上がるが、床下には深さ1.2mほどの通気用の空間もある。米俵を積み上げ米蔵として使用していたという敷地南西にたつ房州石で作られた石蔵も美しい。そしてこれらを囲むようにあるのが明治十九(1886)年の長屋門。大扉と潜り戸が設けられ腰板が取り囲む。この住宅には建物の各所に農機具や、生活用具が展示もされており、市内の小学生が社会科見学に訪れるという。
 市内中心部に戻ってみよう。はじめに現代住宅を紹介する。
 東武伊勢崎越谷駅西口。十全病院の方向に歩いて左側。鉄骨造り三階建ての豊田家②。イタリアの巨匠カルロ・スカルパに見出され、彼を日本へ紹介し、大川端のパロッツア・ロゼの設計でも知られた故豊田博之の平成元(1989)年築の自邸である。和洋を融合した三階の居間の空間、それに各階をつなぐ階段の構成表現は非凡である。自らデザインした椅子が室内を彩っていた。
 今度は越谷駅の東口を出てみよう。銀行の立ち並ぶ銀行通りを過ぎ、左に折れる。江戸期には北千住、草加に次ぐ日光街道第三の宿場町として栄えた往時の面影もまちの中央に点在する程になってしまっている。田中米穀店行徳屋建築白屋旅館を通り過ぎ、左に淡いピンク色をした建物が眼に入ってくる。横田診療所③である。昭和初期に旧越谷郵便局として使用されたもので洋館風である。木造二階建て。下見板張りで、半切妻屋根をいただき、平入り。昭和初期のものという。内部プランは典型的な中廊下型。建設当時もまちなみで異彩を放っていたに違いない。
 さらに進み、黒い板塀を左に見ながら本町通りの交差点に入る。眼に入ってくるのが卯立のレンガ塀を従えた重厚な土蔵造りの二階建て。江戸時代から九代続く旧家である小泉家④(表紙)。地元の宮大工金子浅二郎の手によって店舗は明治三十二(1899)年に、土蔵は斉藤某により明治八(1875)年に作られたという。千本格子の戸の内部に帳場が広がり、揚げ戸で区切る。二階へ続く階段は欅で装飾の施された手摺とともに見事な弧を描いて美しい。別棟に集めていたという風呂、台所。それに二重の防火戸、店舗表側の銅版張りの壁戸などは度重なる越谷の大火の経験が生かされたもの。美しい千本格子を通し、通りに面してまちの歩みをじっと見守ってきたこの建物は貴重な文化財である。
 隣接して鍛冶忠商店⑤。十六代目という旧家である。明治三十三(1900)年築という。同じく棟梁は金子浅二郎。こちらも土蔵造り二階建て。使用人が住まいに使用していたこちらの二階には窓がない。以前裏手には一坪ほどの宙吊りの女中部屋があり、ともにはしごで上り下りしていたという。
 さらに進むと大野家。はかり販売を行っていたという旧家である。土蔵二階建て。二階に窓をのぞける。こちらも棟梁は金子浅二郎とのこと。
 他に会田金物店米永乾物店など、付近にはこうした土蔵造りの家がわずかに残されている。
 本町通のなかで一つ、表からは見えない住宅に触れておきたい。小泉家と道を挟んだ向かいの木下半助商店⑥の最奥にある木造二階建て。大正4(1915)年築。通りの店から連なる土造、石蔵、木造の四棟の蔵の奥にある。一階奥にある和室の建具、欄間の繊細さ、黒檀、紫檀の床の間の用材には、市議会議長をつとめた先代の趣味が生かされ、洒落たガラスのはめ込まれた隣のトイレのつくりとともに表通りの喧騒から離れた瀟洒な世界が広がっていた。
 最後にこれは住宅とは異なるが、特色ある建物を紹介しておきたい。東武伊勢崎線せんげん台駅から歩いて五、六分。順天堂精神医学研究所⑦。木造二階建て。明治末の建築。都内にあったものを移築したものであるが、玄関のポーチの装飾、半円形のアーチ窓など、時代の雰囲気を伝え、しばし時の流れに身を浸せる建物である。
 地元のひとたちの記憶の器であるこうした建物の意義を、伝統的手工芸品であるだるま、たんすなどとともに越谷市はまちづくりの一環としてもう一度考える必要があると思うのだが。

(広報誌 スマイル通信 Vol.35 2009年3月発行)

 

 

 

表紙:小泉家2階の豊かな表情
表紙:小泉家 2階の豊かな表情
中村家①長屋門から主屋を望む
中村家① 長屋門から主屋を望む
中村家①長屋門
中村家① 長屋門
中村家①主屋内部
中村家①主屋内部
豊田家②階段
豊田家②階段
横田診療所③
横田診療所③
小泉家④
小泉家④
小泉家④ 2階への階段
小泉家④ 2階への階段
鍛冶忠商店⑤
鍛冶忠商店⑤
木下半助商店⑥
木下半助商店⑥
順天堂精神医学研究所⑦
順天堂精神医学研究所⑦

 

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