東松山駅周辺は、最近、大改装により朱色の大きな鳥居のある以前の光景から、デッキのついた広場が西口の左右に広がる新しい風景に一新された。時代とともにまちは新たな表情を装うが市の歴史を刻んできた街並みは生きている。その中心は市(いち)で栄えた本町、材木町、日吉町などの旧市街。
 まず紹介したいのはこの中心的存在である江野家①(表紙)。当代祐一郎氏は十四代目。江戸末期には絵師江野楳雪も系図に登場する名家である。明治四十三(1910)年から着工した工事は大正二(1913)年まで要したという。木造二階建て。太い松の梁、大きなケヤキの大黒柱、箱階段で上がる二階への戸板は玉杢と材料は厳選されている。これは奥の床の間も同様。二段になっている三連の揚げ戸から帳場との境にならぶ格子の障子は美しい。主屋の奥には昭和に建てられた木造二階。さらに表通りから荷馬車で荷を運んだという奥には主屋と同時期に建てられた文庫蔵、間蔵、そして穀蔵が続く。富裕な町屋の典型である。
 その隣にあるのが島田歯科医院②。もとは市内唯一の郵便局だったという。現在二代目。大正初期のもの。レトロな雰囲気をそのままにつたえる。もとから下見板張り木造二階建て、と思うが、電話局が二階に後から増築されたという。なるほど中に入ると一階が通常の住宅と違ってかなり高い。郵便局の窓口として使われた構造は医院の窓口としても現役である。昔板張りであった箇所を初代が畳張りに変えたという。待合室にいると歯の痛みも和らぐようなレトロなあたたかさがあり、玄関を出た通りの喧噪が別世界のように感じられる。建設当初屋根に鎮座していたシャチホコが保存されているという。玄関におかれては、とお話ししてみたのだが。
 戦後の松山の大火を潜り抜けてきた福田家小川家小高家③と土蔵造りの家があちこちに残る通りの十字路を一方通行の方に入ってみる。近年改修された明治十三(1880)年創業の平屋の嶋屋酒店の向かいのどっしりとした明治三十年代に建てられた土蔵造りの二階建ては小高家
 クランクになっている東側には店の両側の煉瓦造りの卯建が美しい株式会社津乃国④。初代が小樽の商家を参考にして建てたという。明治六年(1873)竣工と伝えられる。千本格子の二階、店内に残された揚げ戸、根太天井は重厚である。カメラや絵心を誘う被写体として格好の建築である。
 周辺は昭和初期の繁華街である。ここに住宅ではないが紹介しておきたい建造物がある。旧八十五銀行の倉庫。市が文書庫として使っていたもので設計は県内の銀行を多く手がけ、住宅建築家として知られる保岡勝也。昭和初期の鉄筋コンクリート造り三階建て。当時の銀行が、事務所本館、木造の管理人室、倉庫と三部構成であった一連の建造物の産業遺産として残る貴重な建造物である。
 少し離れた神明町に和洋折衷の昭和初期の典型的な建物がある。堀会計事務所⑤。入り口の大谷石の門の装飾はアールデコ調でモダン。階段を上がり玄関。左手に応接間である洋室は洗い出しとモルタルの壁。外開き窓。高い天井は格天井だった。建築好きの先代が木村某という大工とともに設計したという。玄関正面の丸窓、居間の外側の二重の桟、内窓の装飾等、小空間の随所に先代の趣味がいかされている。この趣味は家の裏側の瀟洒な庭に通じている。
 戦争を挟み、昭和二十一年(1946)に嵐山から移築した木造二階建ての料亭魚浜別館⑥も紹介しておきたい。戦争の統制下、電機会社の社員寮として届け、オーナーが私邸として使っていたという。温室のある二階の洋室の応接間は和室に改修されていた。
 市内から少し離れると町村合併以前の各地区の名主の家が豪壮な佇まいで地域に残る。
 葛袋には代々名主を務めてきた野ロ家⑦。明治十七(1884)年に川越城の長屋門を移築している。十二、三間もあろうか。朱塗りのほんのりと残る門扉を閉めたときも美しいが、主屋の重厚なせがい造りにもうなってしまった。
 下青鳥には地区の代々名主を務めてきた松崎家⑧。重厚な塀に囲まれた表門から入る。正面の厩の残る主屋は二階建てで江戸期の築という。厩跡の残る広い土間、豪壮な小屋組、太い欅の二本の大黒柱、箱階段等々、まさに地域の文化財である。塀に囲まれた植栽豊かな敷地内には、他に穀蔵、裏蔵、藁蔵、納屋等。それに宇津木常次郎という川島町の棟梁の手になる昭和初期の築という離れは、主屋との接続部からトイレ、和室三部屋と連なり、各部屋の意匠、用材等きわめて高質である。
 高坂には十四代目となる名家松崎医院⑨。大正四(1915)年の築で、越屋根の主屋に残る上がり框の田泥の土間、治療室、待合室は、地域の人々との交流の場でもあつた。
 こうした建物のひとつひとつが、中央を流れる都幾川や比企丘陵などの豊かな自然に育まれながらまちをつくり、市民のこころに確かなかたちとなって生きているのである。

(広報誌 スマイル通信 Vol.40 2010年7月発行)

 

表紙:江野家①(裏庭から)
表紙:江野家①(裏庭から)
江野家①
江野家①
島田歯科医院②
島田歯科医院②
小高家③
小高家③
株式会社津乃国④
株式会社津乃国④
堀会計事務所⑤
堀会計事務所⑤
魚浜別館⑥
魚浜別館⑥
野口家⑦
野口家⑦
松崎家⑧
松崎家⑧
松崎医院⑨
松崎医院⑨

 

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