都心の池袋、新宿から西武線でわずか30分。その位置のためか、市内にはあちこちに高層マンションが立ちならぶ。織物で賑わった所沢の旧市街は所沢駅から少し歩いた銀座通り沿いにある。林立する高層マンションの間に点在する蔵造りの家は町屋の短冊形の敷地になにやら申し訳なさそうにそこに立っている。急速な都市化の典型的な例である。
 往時は荷馬車がいきかった通りをすすむと右手に秋田家①(表紙)
 井筒屋という屋号で所沢を代表する綿糸商であった。
 当主の芳浩氏は五代目。店蔵は明治三十八(1905)年築。正面は梁から出桁まですべて銅板で覆っている。格子戸、重厚な梁、揚げ戸の溝跡、奥には蔵を配する一階から二階へ上がると瀟洒な磨りガラスのはめられた数寄屋風の八畳の座敷。床の間のある細緻な建具のこじんまりとした空間であるが、ここから見おろす街道の流れは六角形と桜の花びらをモチーフとした模様の窓の美しい磨りガラスを通して賓客の眼を楽しませたに違いない。そのみせの背後には伏見宮の宿泊所となった八畳、七・五畳のすまい。夏障子の入ったざしきに腰をおろし、塀と門を見遣ると清々しい気分になる。この門と塀。秋田家の家紋である「丸に違い鷹の羽」を彫りだした門扉も見事だが、それに連なる腰長押の下に下見板、上には格子を入れた漆喰壁、屋根の間には透かしをとった塀もいい。ところが、この塀が斜めに下がっており、軒が波を打っているように見える。これは裏を流れている東川に向かって土地が下がっており、これに沿ってつくられたためという。一度見たら忘れられない風景である。
 さらに進むと左側に「野老澤(ところさわ)町造商店」の看板のある店蔵。左脇に明治天皇の行在所の説明のある看板がある。この店蔵と後方の屋敷、それに庭をはさんだ蔵が齋藤家②
 こちらは源平時代の武将斉藤別当実盛を先祖に持つ名家。当主の武司氏は十六代目。明治十六(1883)年天皇行幸の折の行在所ともなっている。行幸の際には表門から中門まで馬車で、それから奥の間の八畳の御座所にお入りになったという。行在所の奥の間は四部屋。置き屋根の古い形式を残す店蔵ともに慶応二(1866)年の武州一揆の跡も残る江戸期末期の貴重な建築である。先々代与惣次氏の交流から勝海舟、山岡鉄舟などの書も残り、建物全体が所沢の歴史、文化を語っている。
 大正から昭和にかけての看板建築もわずかに残されている。
 正札堂、旧鎌倉街道と銀座通りの交差する角にある理容ムサシノ③の側面は美しい。
 金山町の交差点に向かう右側にアーケードに隠されているが、瀧澤歯科医院④もそのひとつ。
 世界の山を写真で撮りながら踏破している当代の茂樹氏は二代目。現在の診療室は先代が購入した縞屋の蔵を改修したものという。なるほど、ケヤキの太い梁、柱、揚戸の溝跡等、さらに箱階段を上がって二階を拝見すると蔵であったことを示す太い梁。洗い出しの建物は大正末に東京から大工を呼び建設したものという。一階の応接間の窓は半円アーチ、上げ下げ窓のスタイルでなつかしい。
 ところで所沢には国の重要文化財の建造物が三件ある。いずれも市内からかなり離れているが、そのうちの二件が住宅である。
 ひとつは市の西端にある小野家住宅⑤。十八世紀の開拓農家の三間取り広間型の典型。低い軒に、曲がった木をそのままに柱にもちいた素朴味溢れる構造。東日本に特有の「くれぐし」という茅の屋根に杉皮をひき、芝土おいてアヤメを植えた姿には眼がひきつけられる。今流にいえばアヤメハウスといったところか。
 もうひとつは市の東端、柳瀬地区にある電力王松永安左工門、耳庵の住まいだった柳瀬山荘⑥。東京国立博物館の所有となり、毎週木曜日だけ公開されている。黄林閣、斜月亭、久木庵からなる。天井の高い座敷、ふところの深い土間の黄林閣は東久留米にあった大庄屋の家を移築したもので、質実ながらもその格調の高さを伝えている。そこから廊下を渡ってつながれる斜月亭の数寄屋風の座敷、それに最奥にある武家の茶室だった久木庵と、5,000坪をこえる雑木林に包まれた屋敷は全体が貴重な文化財である。
 北部の三富新田には開拓の歴史とともに農民の生活をみつめてきた医院の建築があることも記しておきたい。
 平成十四(2003)年に市で発行した『所沢たてもの帳』に掲載された建物は、八年後の今、急速に消えつつある。所沢の変貌は著しい。

(広報誌 スマイル通信 Vol.45 2011年10月発行)

 

 

表紙:秋田家①の磨りガラス窓
表紙:秋田家の磨りガラス窓
秋田家①門と塀
秋田家① 門と塀
齋藤家②
齋藤家②
理容ムサシノ③
理容ムサシノ③
瀧澤歯科医院④
瀧澤歯科医院④
小野家住宅⑤
小野家住宅⑤
小野家住宅⑤屋根
小野家住宅⑤ 屋根
柳瀬山荘⑥久木庵
柳瀬山荘⑥ 久木庵
柳瀬山荘⑥黄林閣
柳瀬山荘⑥ 黄林閣
柳瀬山荘⑥斜月亭
柳瀬山荘⑥ 斜月亭

 

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