全国で最小の市、蕨市。明治二十六(1893)年に開設された駅前には商店街が広がる。駅前通りを真っすぐ進み、その先に交差する旧中山道の蕨宿として江戸期から栄えたところである。
 17号とわかれ旧中山道に入ったところからはじまり、ほぼ1キロメートルほど続く蕨宿。
 先ずは細井家①。木造二階建て。明治期末の築。緑青の映えた樋が美しい。近年改装したが玄関からはいると欅の天井の梁の美しさに見惚れる。裏庭の脇には蔵が一棟。
 緩くカーブした旧道を真っ直ぐに進むと蕨市立歴史民俗資料館分館(表紙)。明治期の織物の買い継ぎ商で以前市長も務めた金子邸を市が譲り受けて公有化したもの。店の部分は木造平屋。明治二十(1887)年築。客と応対した帳場などはそのまま、店奥には細井家にもあった電話ボックス。文庫蔵をはさんで庭に面した奥には一部二階建ての和室。大正期に増築されたというが、廊下をめぐらした部屋には床の間、書院、欄間など往時の風情が残されている。広い庭にある、心字池のまわりの多くの種類の樹木が散歩に訪れる人を楽しませていた。
 駅前通と交差するあたりには往時の名を残す店も。江戸初期創業の鰻の蒲焼き今井もそのひとつ。
 「建物の用途や意匠は歴史文化環境との調和に配慮する」という〈中仙道蕨宿まちづくり憲章〉の高札を右手にさらにすすむ。右手に鈴木薬局の看板のある木造二階建て。軒下にギャラリー河内②やの看板も。四代目の鈴木早苗さんが開いている。薬局の店を仕切り半分をギャラリーに改修し、残った調剤室はガラス戸のつくりで重厚。欅の梁の太さには舌を巻く。資材の不足していた昭和六(1931)年築。かなりの財力が必要だったはずである。一階奥に和室二部屋、二階の和室奥は賓客用で瀟洒な床の間、付け書院が。裏庭には大きな稲荷社が祀られ、謹厳な先々代は毎朝こちらにお参りしてから仕事に取りかかったという。
 江戸期の創業せんべいの満寿屋③をすぎると、右側には明治九(1876)年には町の郵便事務を司り、その後明治十一(1877)年からしばらくは蕨町の郵便局がおかれたという瀧澤家
 木造平屋。土間だった通行部分は改修されているが、構造はほぼ当初のまま。江戸期と思われる二階建ての袖蔵も。
 江戸期創業の仏具店などもある少しカーブした街道を進む。旅籠でもあったいずみやを過ぎると旧中山道はひとまず終わる。
 その錦三丁目の交差点を渡ると何軒か往時の町の賑わいを示す建物が並ぶ。
 地元で棒屋と呼ばれる渡辺家、その先には代々油を販売していた〈油奥〉、芳野家④
 店先は四間と広い。初代油屋奥五郎からとった店名〈油奥〉は江戸期創業。当代昇氏は六代目。先々代が材料を吟味し、ねかせた上で建築に取りかかったという木造二階の店は堅固である。昭和七(1932)年から十(1935)年の築。店奥には電話ボックス。奥の和室の欄間、ガラスのはめられた建具は時代を携えて美しい。二畳の女中さんの部屋もしっかり残っている。店脇には比較的あたらしい二階建ての蔵も。
 その隣は村松家⑤。雑貨商で隣が〈鍵八〉でこちらはそれより古いから屋号は〈鍵十〉だと教えてくださったのは謡を教えていらっしゃる村松好以さん。当代は八代。明治四十二(1909)年から大正元(1911)年の築で、やはり用材をねかせながらつくったという。店の部分の一階に居住と客用のスペースを兼ねた木造二階が付設されている。店には揚げ戸が残り、床の間、付け書院の二階和室には大正八(1919)年、韓国の王子李垠が軍隊演習時に宿泊している。
 市内には千鳥破風の入母屋の銭湯が何軒か残る。なかでも最も古いのが朝日湯⑥。昭和五(1930)年築。三代目。玄関の菱形のデザインの色ガラス、欄間の装飾、天井等見所が多い。中山道沿いから移ってきたというが当時の首長から市民の衛生のためにという要請もあったという。
 戦国時代、附近にあった蕨城の要害から名づけた要害通り。その周辺の閑静な住宅街の一角、緑の向こうに和洋折衷の住宅が見える。田中家⑦。昭和二十三(1948)年築。玄関に入ると式台のような部屋、そして天井の高さに驚く。さらに建築用材が総檜。当時、寺院の改築、改修が盛んに行われており、普請にあたった大工が融通したという。洗い出しの洋館は豊かな植栽の庭に映じモダンである。
 最後に埼玉県とも繋がりのある建築を。
 蕨市随一の伽藍を持つ寺院、三学院の庫裏に元知事公舎応接室⑧がある。昭和二十三(1948)年、県庁の火災時に焼け残った建物のひとつ。前住職が当時の知事と旧制中学の同級であったところから解体前に移築を引き受けたという。昭和初期の築。木造平屋。和洋折衷で外壁はモルタル。大きなガラス戸内部の大半の用材は欅、床は寄せ木造りと豪華である。
 戸田市、川口市に隣接する蕨市は、市町村の合併の波を受けながらも、古い歴史を受け継ぎつつ独自の歩みを進めようとしている。

(広報誌 スマイル通信 Vol.46 2012年1月発行)

表紙:蕨市立歴史民族資料館 分館
表紙:蕨市立歴史民族資料館 分館
細井家①
細井家①
ギャラリー河内や②(鈴木薬局)
ギャラリー河内や②(鈴木薬局)
ギャラリー河内や②(鈴木薬局)
ギャラリー河内や②(鈴木薬局)
瀧澤家③
瀧澤家③
芳野家④
芳野家④
村松家⑤
村松家⑤
朝日湯⑥
朝日湯⑥
田中家⑦
田中家⑦
元知事公舎 応接室⑧(三学院庫裏)
元知事公舎 応接室⑧(三学院庫裏)

 

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