秩父、川越の次にどちらをと考えていたが、秩父を訪ねたときに「ちぢぶ銘仙館」の方から生糸について話をうかがい、渋沢栄一に関連した建物に話がおよんだことを思い出した。
 渋沢栄一といえば深谷市である。
 そういえばひところ国の重文、誠之堂の移築の記事が新聞を飾っていた。
 その渋沢栄一ゆかりの誠之堂①(国指定重要文化財 大正五年 復元平成十一年 田辺淳吉設計)、そして清風亭②(表紙)(県指定有形文化財 大正十五年 復元十一年 西村好時設計)は市内から、また栄一の生家中の家とも少し離れたところにたっている。
 車で深谷市内を抜けて国道十七号のパイバスをすぎると、右手に大寄公民館が見え、その一角に煉瓦製の煙突をいただいた英国の農家風のたたずまいの誠之堂、それに白い壁とスペイン瓦の典雅な外観を示した清風亭がたつ。ともに深谷市の貴重な文化資源であリ、建築に携わるものなら県下では見落とすことのできない建築である。

 ところで、明治以後の近代産業の育成と展開に像大な足跡を残した渋沢栄一は地元にも明治建築のシンボルともいうべき煉瓦を提供した日本煉瓦製造株式会社を明治二十年(1887)に設立している。市のほうも、まちづくりの核として煉瓦を核に据えているが、今回紹介しようとする住宅もこの煉瓦に関連している。
 まず、駅から歩いて五分くらいのところにある小林商店③
 大正元年(1912)にたてられた倉庫が眼に入る。砂糖や乾物を納めていたという倉庫は小口積みの赤煉瓦の外壁をみせている。内部の棟木に残された墨書の建設時と瓦職人の名前の記録は貫重である。隣接する一見して昭和初期のモダンスタイルの洋風の店舗はこれと対を成すかのように折り目正しくすっとたち、この付近のランドマークとなっている.奥に堂々たる金庫の鎮座する一階事務所、和室に床の間のある二階、窓枠やドアに昭和初期のモダンさを残す三階の建物は、今でこそ住んでいないが、戦後一時期接収されアメリカ軍のすまいとなっていたという。事務所兼住居であったこの建物は大正、昭和の深谷の歴史を語る、記憶のランドマークでもある。
 つぎは、赤煉瓦でできた煙突がひときわ高くそびえる滝澤酒造④。 明治三十年代に同じ県内の小川町からこの地に越して蔵を構えたという。店舗部分と酒蔵からなる深谷を代表する建築である。隣家との境の赤煉瓦の塀つづきは美しく、たびたびTVなどで紹介されている。さらに、以前は職人が渡り歩いたという道路をはさんで表と裏の酒蔵に架けられた木造の外屋もこちらの見せ場である。店内の煉瓦でできた<たたき>、また、今ではみられなくなった酒のはかり売り当時のなごりであるタイル張リの売り場台もめずらしい。保温性、保湿性の高い煉瓦の利点は麹室にも活かされており、現役で活躍中である。
 さらに、旧福島屋商店⑤。 大正十年(1921)ここにたてられた道路の裏側に位置する赤煉瓦の建物はコンニャクの原料倉庫兼工場であったところ。建物の入り口や窓のアーチ、煉瓦に段差をつけたコーニスなど、当時の洋風建築のデザインがとりいれられて美しい。ここでは道路に面した店舗に凝らされた数々の趣向を紹介しておきたい。店内は堂々たるケヤキづくり。店の上がり框の凝つた装飾も面白いが、後ろの居間の上がリ框の地袋は引き出しの物入れに。また、店と居間を隔てる障子の桟の装飾は紙をサンドイッチに両側で異なる。居間から裏の坪庭に抜ける廊下はなんとケヤキの一枚板。トイレの窓枠の装飾にも手を抜いていない。中折れのような講造の階段を通って二階にあがると客間は一層手が込んでいる。書院、欄間の障子の桟は一層精緻に異なる装飾を施し、天井の棹縁には面取りが。トイレの装飾は一階のそれより一層密に。また、道路面二階の両翼の柱の装飾は昭和初期のモダンスタイルが和風の建築にも影響していることを伝えている。コンニャクで潤った財力で、不祝のさなか、贅をこらして紹和八年(1933)に建てられたこの普請が、手間賃の日払いで職人たちに感謝されたというのもうなずける。
 そして、建築家たちの注目を浴びているのが近年廃案した旧田中藤左衛門商店⑥、通称七つ梅。
 江戸から大正、昭和と、歴史を伝える建築がたちならぶ酒蔵である。表から見ただけでは決してわからない。後ろに回って裏側の道路から蔵を臨めば、よりその空間を想像できるかもしれない。煙突はもとより、米蒸し釜、醸造所、塀、馬小屋などに煉瓦がうまく用いられている。この空間をいかそうと様々な人たちが提案を行っているが、そうした想いに人を駆らせる魅力を持つ建築空間である。
 その他、赤煉瓦で幾重にも施されたコーニスの見事な常盤園茶舗倉庫蔵、うだつを赤煉瓦で立ち上げた塚本商店、NPO深谷にぎわい工房の拠点旧柳瀬金物商店、煙突も美しい藤橋藤三郎商店など、渋沢栄一のかくれた威徳は中仙道に沿った宿場町のほのかな香りとともに遺されている。

(広報誌 スマイル通信 Vol.24 2006年6月発行)

 

清風亭(表紙)
表紙:清風亭
誠之堂① 外観
誠之堂① 外観
誠之堂① 内部
誠之堂① 内部
清風亭② 外観
清風亭② 外観
小林商店③
小林商店③
滝澤酒造④ 外観
滝澤酒造④ 外観
滝澤酒造④ 煉瓦塀
滝澤酒造④ 煉瓦塀
旧福島屋商店⑤
旧福島屋商店⑤
旧田中藤左衛門商店⑥
旧田中藤左衛門商店⑥
旧田中藤左衛門商店⑥ 内部
旧田中藤左衛門商店⑥ 内部

 

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