県内の建築をたずねていくと、地元の産業に結びついた建物に面白いものが見られる。
 時代の流れとともに消えていくものもあるが、こうした建物は今後もまちづくりに大きく寄与していくはずである。
 さて、今回は行田を取りあげる。鉄剣で名を馳せ、城下町としても栄え、一時は県庁も置かれたこともあるこのまちには、その歴史を伝える史跡も多くのこされている。
 しかしなんといっても行田といえば足袋である。一時は全国の八十パーセントを生産していたという市内には、それらの商品倉庫、足袋蔵が数多く建てられたのである。現在、残されたこれらの蔵を活用しようと地元の商工会識所、NPOの人たちが中心となって、まちづくりが推進されている。ここではそれらも含めて紹介していきたい。
 JR吹上駅から産業道路が行田市内へまっすぐ通じている。まずは、佐間の交差点を新町通りに入った三叉路近くにある彩々亭①(表紙)(昭和元、七、十年)。はじめて見たのは夜だった。ライトアップされた洋館が闇に美しく浮かび上がり、こんな豪壮な建物が当地にあったのかと驚いた記憶がある。もとは足袋工場荒井八郎商店の事筋所兼邸宅で、改装されて現在は料理店となっている。「足袋御殿」の名にふさわしく、向かって右に住まいであったベランダ付きの瀟酒な木造二階建て洋館。窓辺のモダンな鉄飾りが美しい事務室を挟み、中央に四部屋から成る和室。にぎやかな宴が繰り広げられたという座敷の一部屋には造りつけの金庫がいかめしくしつらえてある。腰を下ろすと、わざわざ富士山から運ばれたという溶岩を石組みに用いた美しい庭園がのぞめる。庭に出て見上げると奥には木造三階建ての洋館がすっくと建つ。遠方から訪れた商談の客のゲストハウスだったという。手すりに シンプルなデザインの施された三階まで連なる急な階段も楽しい。一部改装されているものの、これらの建物は竣工当時の華麗さを十分にたたえている。昭和天皇も来臨され、行田の迎賓館的役割を果たしていたのである。
 三叉路の交差点をさらに秩父鉄道の行田市駅方向に進んでいくと、左手に初代行田市長の奥貫邸がある。現在はCafe閑居(昭和初期頃)。居宅は昭和初期の和洋折衷住宅。応接室、そして光の燦々と入る居間に二階建ての和風住宅が隣接し、広い庭とともに閑静なたたずまいを示している。ここではこの居宅の奥にあるクチキ建築設計事務所②足袋蔵ギャラリー「門」③(大正五年)についてもふれておきたい。市内各地には現在でも三百を超える足袋蔵が残されており独特の景観を形成しているが、なかでもこの奥貫家の足袋蔵は見逃せない。もとは市内では唯一黒壁の三階建てで、しばらく使われず老朽化しつつあった。それを地元のクチキ建築設計事務所が借用、改装して事務所に転用。重厚な蔵の持つ空間を活かし、となりの足袋蔵ギャラリー「門」③とともに見事に再生させ、蔵再生の見本とでもいうべき建物となっている。
 外に出ると通りを挟んで田山花袋の『田舎教師』に「行田印刷所」として登場する今津蔵(嘉永年間)が見える。店舗部分から縦一列に部屋が並ぶ構造は他の店蔵とともに行田の店蔵の特徴でもあるが、市街地唯一の江戸時代の店蔵としても貴重である。
 「今津蔵」の脇の細い道を進むと行田の金融と足袋産業の歴史を語る貴重な歴史的建物で、もと忍町信用組合の店舗新町自治会館(大正十.三年頃) が左手に。
 懐かしさを覚える長屋をはさんだその先には間口、奥行きともに四.五間の木造二階建ての洋館長井写真館④(大正後期)。木造下見板張り、一部モルタル張りで大正後期のモダンな雰囲気を伝える。一階が住宅、二階がスタジオ。路地を奥に回るとスタジオ用の明かり窓が大きくとられた急勾配の屋根に眼を魅きつけられる。戦前の写真館を伝える建物としても貴重である。
 足袋蔵再生のもうひとつのモデルケースが秩父鉄道行田市駅近く、蓮華寺通 りに面した旧小川忠次郎商店店蔵⑤(大正十四~昭和四年頃)。店舗は切妻屋根、土蔵造り。主屋は寄せ棟造り木造二階建て。一階は造り付けの金庫を手前に店舗の土間から奥の主屋につながる構造で、二階は格式を備えた座敷となっている。昭和五十年代以降使われずにいたが、商工会議所の尽力により整備され、現在、そば・うどんを通して観光客の人気を集めている。なお、この建物は、行田市の目抜き通りに位置し市街地のランドマークとなっている武蔵野銀行行田支店⑥(昭和九年)とともに国の登録有形文化財となっている。
 このように足袋なくしては行田を語ることができないが、他にも荒川、利根川の水の利を活かして生まれた酒蔵、御三階櫓が美しくそびえる忍城跡、古代蓮、そして古代のロマンをよみがえらせる古墳など、今後のまちづくり、まちおこしには充分すぎるほどの文化資源がこのまちには備わっている。 行田市がこれらをうまくかみあわせて今後どう展開をはかっていくのか、注目していきたい。

(広報誌 スマイル通信 Vol.26 2007年1月発行)

 

表紙:彩々亭
表紙:彩々亭
彩々亭① 三階建て洋館
彩々亭① 三階建て洋館
彩々亭① 窓辺の鉄枠飾り
彩々亭① 窓辺の鉄枠飾り
彩々亭① 玄関階段
彩々亭① 玄関階段
クチキ建築設計事務所②
クチキ建築設計事務所②
足袋蔵ギヤラリー「門」③
足袋蔵ギヤラリー「門」
長井写真館④
長井写真館④
旧小川忠次郎商店店蔵⑤
旧小川忠次郎商店店蔵⑤
武蔵野銀行行田支店⑥
武蔵野銀行行田支店⑥

 

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