鋳物の街、川口。筆者などの団塊世代には、吉永小百合主演の「キューポラのある街」の舞台である。赤錆びたトタン板の広がる鋳物工場の連なっていた京浜東北線沿線の街は、近年その装いを著しく変えている。 まずは駅を出て線路を右手に、かつての工場群の跡をたどる。左手に川口の総鎮守川口神社をみながら進んでいくと、その先に旧鍋屋平五郎別邸がある。旧鋳物問屋「鍋平」、四代目島崎平五郎氏の居宅として建築したもの。現在は川ロ市母子福祉センター①となっている。母屋と離れ、蔵そして庭園からなるが、特筆すべきは離れ。それもパラペットにふくろうを頂き、洋風のかまえの母屋に続く端のトイレ。なんと二つあるトイレの窓ガラスは手洗い場とともに美しいステンドグラスで、天井も異なった格子が組み込まれている。また、隣の客間には天井に屋久杉、床の問に黒檀やエンジュなどの銘木が使用されている。さらに部屋をめぐる廊下の窓ガラスの欄間には青く美しいベネチアン・ガラスが。この離れがつくられたのが物資の不足しはじめた戦時のさなか、昭和十四年(1939)というから驚く。普請道楽のひとつの姿がある。 県下でも一、二を争う豪邸で川口では見逃すことのできない建物が旧田中家⑧(表紙)住宅である。繁華街からは少しはずれ、122号沿いにある。材木業や味噌の醸造で財を築き代々徳兵衛を名乗る江戸末期からの田中家の邸宅で、政財界とのつながりも深く、迎賓館としての役割も果たしていた。大正十二年(1923)に竣工した木造煉瓦造り三階の洋館と昭和九年(1934)に増築された和館などで構成されている。洋館は化粧用煉瓦を張り、チューダーゴシック様式。和館は木造一部二階建て、数寄屋造り。何せすべて豪勢である。洋館の最上階には尖塔アーチ窓を置く。内部の階段は中央に配され、折り返し式で三階まで続く。館内にのこされた多くの家具調度品が豪勢さを伝えている。一階は和洋折衷、二階は和風を基調に、三階は洋室を主体に構成されている。なかでもペディスタイル付きのコリント式オーダーを窓際に配した三階は、英国趣味を生かした重厚な空間で見晴らしもよく賓客の眼を楽しませたに違いない。防火用鉄扉でつながれた和館は、床の間に紫檀、黒檀の銘木が用いられ、昭和初期の近代和風建築の特色がうかがえる。住宅南側には広やかな回遊式の庭園がひろがる。国の登録有形文化財となり、時にイベントも催され、市民にも開放されている。 (広報誌 スマイル通信 Vol.32 2008年7月発行)
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<#8 茶の都、入間 |