加須の市街地は国道125号と東武伊勢崎線に挟まれ細長く鞘状に延びている。その市街地を東西に横断し旧道が走っているが、今回紹介する住宅は大略この旧道周辺にある。
 市内でまず紹介したいのは大正から昭和にかけての三軒の医院建築である。
 まずは駅から歩いて数分のところにある内田医院①。市内の千方神社の裏手にあたる。大正期の下見板張りの木造二階建て。外まわりは平滑な下見板張りと岩のような地肌を狙った『はけつけ』がその色の違いとともに対照的な効果を生んでいる。関東大震災のため、当初の木材の調達に手間取り、工事に遅れが出、大正十二、三(1923、4)年の竣工という。一階は玄関からはいり正面に待合室、受付、左手に診察室、治療室。奥には入院用の部屋。向かって右手の応接室を抜けると客用の玄関を廊下で挟み、和室ふた部屋、さらに居間と食堂という構造。二階は来客用の和室、これもふた部屋。上げ下げ窓の北側の窓からは市街を一望できる。戦争をはさみ、首都防衛のための「拓部隊」という戦車部隊が駐屯していた時期もあり、激動する時代を体験してきた医院建築である。
 駅前通を境にもう一軒。篠原医院②。近代的なビルの建物の背後にある塀で囲まれている。昭和9(1933)年築。木造二階建て。実はこちらは本誌の第一回目で紹介した秩父、宮前家を設計した山田醇の設計になる。高い破風上部にのぞく二つの丸い穴には見覚えがある。こちらに医院を開業した初代の牧之助氏と山田醇とは卒業した東大が縁だったという。大工も植木職人もわざわざ東京から呼びよせ、付近の家に宿泊をしながらの普請だったとご自分の小学生時代を想い出しながら語ってくれたのは、こちらから次に紹介する松本医院へ嫁がれた松本富子さん。住宅の衛生的視点を重視した山田醇にとって、医院建築はその真価を発揮するに相応しい対象だったはずである。家の中心軸を日射にあわせ方位の軸線から少しずらし、少し強めの傾斜をもつ屋根構造など、山田醇の特長を伝える名建築である。
 三軒目は旧道を直角に大越新道が北に向かおうとするその右側に立つ瀟洒なたたずまいの松本医院③。下見板張りの左右対称の典型的な大正期の医院建築である。竣工は大正初期。木造二階建て。高い天井の室内空間は爽快である。一木の四本の柱がすっくと立つ玄関のポーティコの姿は医術の矜持を表わすかのように凛と美しい。
 さて、市内には看板建築もある。
 駅前通の交差点にあった萩原時計店④。昭和三(1928)年築の木造二階建て。計画道路のため新市庁舎寄りに県内ではじめて『ひきや』で移転している。銅版の緑青ではりめぐらされた建物は時代の風雪にも洗われ、ひときわ美しい。さらに店内に入ると時代を潜ってきた建物の風格をうかがうことができる。見上げれば重厚な格天井、上部に装飾の施された欅のショーケース、入り口欄間の幾何学形のシンプルなデザイン等々。花形の時計職人であった初代が仕事で出入りした都内の邸宅での見聞が店内の隅々に生かされていると二代目美郎氏は語る。
 もう一軒は大越新道寄りにある新井与三郎商店⑤。木造二階建て。昭和十一(1936)年築。自転車の卸売りをしていたお店である。欅の重厚な上がり枢、太い梁をめぐらした店内は、広く堂々たる構えで表の看板は車で走っても眼につく。
 この新井与三郎商店から旧道を市内中心部に歩いていくと鈴木米店⑥などの木造二階建ての町屋の商店を見かけることができる。また、加須周辺の北埼玉地方では綿花や藍の栽培が盛んにおこなわれ、この辺りは青縞の取引の中心地として明治期多くの店が軒を連ねていたという。そのなかの一軒、内田糸店⑦。明治四十三(1910)年築の木造二階建て。現在六代目。何度か改修されているが、揚げ戸で店を開閉していた跡が残る。通りにはりだされた漆喰で覆われた桁は堅牢である。店の二階は居間、奥には広い和室がふた部屋。そのうちのひと部屋には採光のため当初から東側に高窓が設けられていた。
 少し先には三年に一度、市内の祭りに繰り出される山車が収蔵されている土蔵を脇に清水薬局⑧
 中心部からは少し離れているが、節分のときにはメディアが取り上げる関東三大不動のうちのひとつ、総願寺前にある武蔵屋本店(表紙)。店内のユニークな格天井は必見である。
 最後に住宅ではないが、産業関連の建物を紹介しておきたい。駅から東武伊勢崎線に沿って歩いて数分の埼北総業事務所⑨。下見板張りの木造二階建て。昭和初期の建築。生糸の生産に用いられる繭を乾燥させるための倉庫(乾繭倉庫)の事務所であった。その倉庫は背後に三階の威容を誇り健在である。時代を経、産業の盛衰とまちの歴史を見守りながら新しい事務所として現在も活躍している。
 「こいのぼり」と「手打ちうどん」にこうした文化資源を組み込んだまちづくりができないものだろうか、さらに、日本の近代美術史上重要な足跡を残した斉藤与里も加えれば、などと考えてみるのだが。

(広報誌 スマイル通信 Vol.36 2009年7月発行)

 

 

表紙:武蔵屋本店 格天井
表紙:武蔵屋本店 格天井
内田医院①
内田医院①
内田医院① 内玄関
内田医院① 内玄関
篠原医院②
篠原医院②
松本医院③
松本医院③
萩原時計店④
萩原時計店④
萩原時計店④ 店内
萩原時計店④ 店内
新井与三郎商店⑤
新井与三郎商店
鈴木米店⑥
鈴木米店⑥
内田糸店⑦
内田糸店⑦
清水薬局⑧
清水薬局⑧
サイホク総業事務所⑨
サイホク総業事務所⑨

 

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