「秩父鉄道敷設の受け入れの選択がその後の秩父市と小鹿野の町の方向を決定づけた」と浅見商店の浅見政良氏は仰った。
 江戸から明治にかけ小鹿野は秩父より繁栄していたという。国道299号を車を走らせ、まちの中心街を通るとその面影がうかがえる。逆に鉄道を敷設させなかったからこそ、これだけ歴史的な建物が残ったのかもしれない。明治、大正期と思われる建物がずらっと残っているのである。それもまちの中心街に集中している。花と歌舞伎だけでなく、充分注目に値するまちなみの建築群である。その建物の背後には山が控え、遠くには両神山、武甲山が臨める。
 まずはじめは町の指定文化財である加藤家住宅①(表紙)。明治十三 (1880)年、生糸や呉服を扱い財をなした初代加藤恒吉氏により建設された。土蔵造りの三階建て。内部は一部四階になっている。一階は住居と店舗。豪壮な欅の柱、梁によるつくりには圧倒される。二階、三階は蚕の飼育に使われ、二階に設けられた床の間のある和室からは一番蔵、二番蔵、庭、そして通りに面した十輪寺に対面することを遠慮してもうけられたという門が臨める。さらにその上の四階には十五畳という用途不明の広い部屋が。一階の奥の部屋からは二階に通じる隠し階段もある。圧倒的な存在感を示す空間は秩父事件を題材にした映画「草の乱」の撮影にも使われている。初代が成田山から勧請した当家裏にある不動尊堂の稠密な彫技も見のがせない。
 次に村上酒店②。こちらは大正七 (1918)年に両神村から移築されている。表には先々代のおこした醤油製造・販売業の看板が店の碑のように掲げられている。木造二階建て。二階の和室は二部屋ともに床の間が設えられており、美しい欄間と瀟洒な建具が賓客を待っていた。店を抜けると春が最も美しいというツツジの庭と二棟の蔵が続く。
 はじめにお話しを紹介した浅見商店③。こちらは明治三十 (1897)年築。土蔵造りで二階建て。初代は横浜で商いを行い、二代目は生糸の問屋をてがけ、小鹿野町長もされた名家である。吟味した木材を切り出し、寝かせて6年、さらに製材してから3年おいてはじめて普請に取りかかったという。三代目の政良氏から居間でお話を伺ったときの安らぎ感は蔵造りの重厚感だけではなく内部の用材の生み出す力なのかもしれない。神棚の上は歩かぬよう神棚上部は二階まで吹き抜けにしている。また、加藤家住宅にも見られたが、柱のつやを出すため大黒柱の上端部をすり鉢状にし種油を注ぐ趣向が施されている。
 以上三軒を紹介してきたが、いずれも建物の妻側が大きな壁となり、隣家との間に生んだ空間がえもいわれぬ風情を醸し出している。まちなかの各所に広がるこうした独特の路地空間をまちおこしにとまちの人びとの手によって「路地スタ」というフェスティバルが催され、観光客を県外からも招いている。  フクジュソウやセツブンソウ、ダリア、季節の花を愛で、歌舞伎を楽しむために小鹿野を訪れる人たちにくつろぎの宿を堤供する旅館も周辺にたちならぶ。北からまず須崎旅館④。大正期に創業し、女将真紀子さんは四代目。女流文学者、大谷藤子の小説『須崎屋』のモデルに擬せられる宿である。松の木が街道沿いに立つのは越後屋旅館⑤。創業明治八 (1875)年。こちらは昭和十九(1944)年、小鹿野を襲った大火で全焼。翌年艱難辛苦の末、焼失前の建物を模して再建。そして現在は廃業し、町内の祭りの際にはその要となる本陣寿旅館。明和年間に代官の出役所として発足したのが創業の端緒という。'ようばけ'の調査で宮沢賢治も投宿した宿である。
 享和三(1803)年創業、羊羹で知られる太田甘池堂⑥は九代目。中心街の入り口に健在である。
 和風建築だけではない。洋風の医院建築として元萩野医院、通りから少し離れると元歯科医だった宮下家⑦もあげられる。
 最後に小鹿野町と合併した旧両神村にある旧近藤銘醸⑧を紹介しておきたい。  大正十三(1924)年、木造二階建て下見板張り、三階の塔屋付き。秩父の大正時代を象徴する貴重な建物である。街道沿いにすっくと立つ塔屋は眼を惹く。周囲に蔵を配する店舗兼住宅である。現在は秩父のワイン造りで知られる秩父ワインの所蔵。持ち主の島田安久氏は地元の文化の貢献にと酒蔵も自費で改修、ギャラリーとして開放し、演奏会や展覧会を開催している。
 山あいに住むひとたちの地元を愛する思いは他の地域にくらべひときわ強い、そして生活が歴史とともに営まれている、晩秋の濃くなってきた山影を追い、そう肌で感じつつ帰途を急いだ。

(広報誌 スマイル通信 Vol.42 2011年1月発行)

 

 

表紙:加藤家住宅①(成田横町から)
表紙:加藤家住宅(成田横町から)
加藤家住宅①
加藤家①住宅
村上酒店②
村上酒店②
村上酒店②(愛宕通りから)
村上酒店②(愛宕通りから)
浅見商店③
浅見商店③
須崎旅館④
須崎旅館④
越後屋旅館⑤
越後屋旅館⑤
太田甘池堂⑥
太田甘池堂⑥
宮下家⑦
宮下家⑦
旧近藤醸造⑧
旧近藤醸造⑧

 

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